古い鎧(1)

人間は成長とともに鎧を身につけていく。若いうちは薄くて頼りない鎧も歳を重ねるにつれて厚く強固なものへとなっていく。鎧は沽券、自信、自尊心、プライド等の材質から成り、厚くなっていくと同時に劣化もしていく。さらに年月が経つにつれ、錆びたり、腐ったり、カビが生えたり、ヒビが入ったりもする。鎧としての防御性能も段々と落ちてくる。生涯に渡り質の良い鎧を身にまとい続けるには、劣化した鎧を潔く捨てて、新しい鎧を形成するしかない。爬虫類や昆虫の脱皮みたいなものだ。しかし人間の場合多少は先を読む能力があるため、脱皮した直後に無防備になることを恐れなかなか自発的には脱皮はできない。ではどうしたら良いか?自分でできないのなら他人にやってもらうしかない。

明日は出張のため投稿はできません。次回は22日の投稿になります。

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謝る

「自分に落ち度はないので謝る気はない!」「私は絶対に悪くないので謝る必要はない!」などと言ってる人。まだまだ子供だ。ビジネスにおいては自分が悪いとか悪くないとかは関係ない。今後のやりとりを円滑に行なうためには、何か問題が起きたときには誰かが謝ってケリをつけるというだけなのだ。だいたい仕事上のトラブルとか問題というのは色々な要因が重なり起きるものであり、誰も気が付かなかった、または誰でも防ぐことが出来たというようなものがほとんどであり、悪いと言えば全員が悪く、悪くないといえば誰も悪くないのだ。そこで誰かが犠牲となって謝らないと先に進まない。そこで犠牲になる勇気が必要なのだ。それができない人間はプロジェクトを俯瞰的に見ることはできない。

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曖昧語(2)

体調の悪そうな社員が出勤したきた場合に課長が「インフルエンザじゃないだろうな?」「大丈夫です」と答えた場合、「インフルエンザではないので大丈夫です」と、「インフルエンザかどうかは分かりませんが、私は仕事ができる状態です」の両方の意味にとれる。普通、人間は自分に都合のよいほうに解釈するので、課長は「あいつはインフルエンザじゃなくて良かった」と思い、社員は「帰宅させられずに良かった」と思うわけだ。「それがいいです」(肯定)、「それはいいです」(否定)、「それで結構です」(肯定)、「それは結構です」(否定)といったように、助詞ひとつで全く逆の意味になってしまう。これは外国人にとっては理解に苦しむことでろうし、実は「日本語」がガラパゴス化のネックになっているのではないかとも思える。

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曖昧語(1)

日本語には曖昧語が多い。ただファジーなだけなら良いが、肯定、否定の両方にとれる言葉があるので始末に悪い「いいです」「結構」「大丈夫」などだ。「風邪気味のようですが?」「大丈夫です」は、「健康状態に問題はないので心配しなくても大丈夫」という意味だ。しかし「コーヒーのお替わりいかがですか?」「大丈夫です」は、「いいえ、いりません」という意味。元を辿ればどちらも否定ではあるが、前者はポジティブ、後者はネガティブな印象を与える。

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ストレスとは(2)

よりストレスの少ない環境を求めて鞍替えを続ける人間に限って「ストレスが多過ぎる!」と常にこぼしている。いくら鞍を替えたところでストレスの全く無い環境などがありえあないし、よりレベルの低い、縛りのない、緩い組織に行けば行くほど、ストレスに対して弱い体になってしまう。そしてストレスから逃げようとすればするほどストレスが溜まっていくわけだ。ストレスは回避するものではなく克服するものだ。ただし克服するのは簡単ではない。しかし克服に失敗したからといって、すぐに回避に走るのでは意味が無い。常にストレスと戦う姿勢が必要なのだろう。

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